JugglerShu Daily Blog
評価
明日は会社の面接。どんな会社なのか楽しみだ。
日本の就職活動ってのが僕は見ていて異様に思える。みんな同じかっこをして、同じ場所に集い、同じような質問をし、同じような答えを言う。すべてを 知っているわけではないけれども、彼らの中にものすごく強い自分の意志や文化、思想、そういったものを表に出していこうという姿勢が見られない。
就職活動になったら、髪を黒くし、ひげをそり、スーツを着、いままでとぜんぜん違った人間になっている人がいる。じゃあそれまではなんだったのか。 それまでの自分は就職活動という線によってとたんに消えるのか。これから自分が一緒に仲間になろうとしている人たちに対して、自分の一番の表現を見せなく ていいのだろうか。
もちろん、就職活動になったらそうする、という思想もあるだろうと思う。周りの様子をうかがいながら、なんとなくそれに合わせていく、そんな思想もあると思う。でもそれはほんの一部でいいと思う。そういった思想を普段からもっているならそれで構わない。
僕は、スーツで行かなかったからとか、髪の毛が茶色いからとかそんな理由で採用しないような会社には最初から行きたいとは思っていない。まあもとも と僕は自分の思想、表現として髪の毛は茶色くはしていないけれど。もし自分の表現を隠して採用されたら、選ぶにも選べなくなる。本当に思想が合っているの かはそれでは分からない。
僕にはあの姿が、手をみんなで取り合ってかけっこをゴールする幼稚園生と同じに見えて仕方がないのです。重要なことは手を取り合うとか取り合わない とかではなく、そもそも走っているコースが違うと言うこと。ゴールはまったく別の位置にそんざいしているのに、なぜか最大公約数的なゴールをみんなで目指 す。
昔、今の売り手市場の就職活動のことをテレビでやっていて、ものすごくたくさん活動をしていろんなところから内定をもらっている人の様子を放送して いた。コメンテーターが、「まあ10社受かっても1社受かっても結局行くのは1社だけですからね。どちらがいいかは分からないですよ。」と言っていた。僕 も見ていてそう感じた。
僕は昔からあまり人には評価されてこなかった。特に文化的な意味では。人には合わせないし、自分の意見はどんどん言うし、最近でいうところの、空気が読めない人なので。・・・読めないのではなくて、読めるけど気にしないだけ。
面接での評価は、いろんな会社から均一な評価をもらったらだめだと思っている。ぜんぜんだめなところと、すごく歓迎してくれるところなど幅広く分布 するような面接をしなくてはいけないと思う。それは単純に自分の考えていることをはっきりと言うというだけのこと。そして相手に要求することはきちんと伝 えること。
会社といってもただの人。人といろいろ話してみれば、ぜんぜん話が合わない人もいれば、とてもよい友達になれる人もいる。そういったつきあいと何も変わらないと思う。
明日の会社はどんな評価をしてくれるだろうか。そして僕はどんな評価をするだろうか。
Monday, November 19, 2007 by shu

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